競走馬の足跡~競馬の歴史を世界から振り返る~

競走馬の足跡~競馬の歴史を世界から振り返る~競走馬の足跡~世界の競馬~

 競馬の歴史はかなり古い。日本が江戸時代だったころに、イギリスではサラブレッドの三大始祖を中心に馬の改良がされ、強靭で早く走る馬が誕生しました。強靭で早く走る馬は戦場でも優秀でした。競馬の歴史は人と馬の歴史である。ヨーロッパの文化なのです。

競走馬の足跡~世界の競馬~

ちょうどいい競馬の昔ばなし

 競走馬の歴史を、世界から日本まで幅広く記事にしています。これから競馬の歴史を世界からひも解く。初めて競馬に触れる人にも分かりやすくまとめています。実は日本は競馬の後進国。競馬はヨーロッパの文化。競馬って何?と思っている人も、面白いこと間違いなし。
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イギリスから世界へ -41話-

19世紀になるとイギリス以外の国でも競馬は盛んになります。イギリスで確立された競馬を手本にして各国の競馬が開催されます。イギリスから世界へと競馬は広がります。
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ハンデキャップ制度を作ったラウス卿 -40話-

競馬においてハンデキャップは非常に繊細なものです。負担重量でレースの結果も変わります。19世紀半ばに馬齢重量制を作ったのがラウス卿でした。
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ブックメーカーの誕生 -39話-

後にブックメーカーと呼ばれる賭けを取り仕切る賭け師が現れます。しかし、庶民にまで広まった競馬では不正が横行します。
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5大クラシックの誕生 -38話-

セントレジャーに続き、オークス、ダービーが開催され、19世紀に入り二千ギニー、千ギニーを加えて、5大クラシックが出来上がります。
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セントレジャーステークスの誕生 -37話-

18世紀後半、アンソニー・セントレジャー大佐が3歳馬による2マイルレースを提案。現在のセントレジャーステークスが始まります。日本でも開催されている菊花賞の原型です。
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ジョッキークラブの権威拡大 -36話-

ジョッキークラブの権威が高まる。これに大きく貢献したのがバンベリー卿だった。ジョッキークラブが認め合いレースは競馬ではない。
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ジョッキークラブと規則 -35話-

イギリスで必然的にジョッキークラブが誕生する。賭け事には必ずルールが必要になる。名誉だけでは競馬はここまで発展はしてこなかった。これはイギリスの独自路線でした。
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イギリス産馬へのこだわり -34話-

イギリスがイギリス産馬にこだわったから、サラブレッドは誕生したといってもいい。そのこだわりが弊害になった頃もあるが、このこだわりに敬意を表したい。
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ダーレーアラビアンが残したエクリプス系 -33話-

血統の話をする中で、最も面白いのがエクリプス系。というのもその血脈は現在の競走馬の90%を占める。ヘロドやマッチェムの後に出てきたのが良かったのだろう。そして、ネアルコの誕生がエクリプス系を不動のものにした。
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ゴルドフィンアラビアンが残したマッチェム系 -32話-

マッチェム系はイギリス競馬の体制が勢いづく直前に繁栄した血統と言えるかもしれない。直後に勢力を増したヘロド系に塗り替えられてしまった感が否めない。しかし、現在の競走馬を支えた血脈であることは言うまでもない。
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バイアリータークが残したヘロド系 -31話-

もともと強靭なバイアリータークだがサラブレッドの三大始祖と呼ばれたのは、ヘロド系の確立であった。ヘロド系には、トウルビヨンがいる。日本ではパーソロンを父に持つシンボリルドルフになる。
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謎多きゴルドフィンアラビアン -30話-

ゴルドフィンアラビアンは謎が多い。不思議な馬だ。渡り歩いてイギリスに来ただけなのだが、マッチェム系を作り上げた。エリートではない血の強さがあったのだろう。猫のグリマルキンとは友達だ。
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ダーレーアラビアンは強奪された? -29話-

ダーレーアラビアンは強奪された説がある。ダーレー家のアラブ馬。でも後にイギリス最強馬エクリプスを誕生させたのはチルダーズ大尉の馬だった。
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