謎多きゴルドフィンアラビアン -30話-

競走馬の足跡~世界の競馬~

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謎多きゴルドフィンアラビアン

 三大始祖の最後の1頭はゴルドフィンアラビアン(1724年生まれ)。現在、この馬の血を引く馬はかなり少ない、1850年以降の馬でも10%ぐらいの割合だ。その血脈はマッチェムによって繁栄したが、ネアルコ(ダーレーアラビアン-エクリプス系)の登場により、その血脈も少なくなってきている。しかし、18世紀半ばにはその血脈は50%も占めていたといわれている。

 では、ゴルドフィンアラビアンとはどのような馬かといわれると謎が多い。というのもこの馬はイエメンからシリア経由でチュニスの総督に届けられ、当時はシャムと呼ばれていた。さらに他の3頭の馬とともにフランスのルイ15世に献上された。しかし、パリに着いた時には痩せこけ、そこに通りかかったイギリス人に引き取られ、イギリスに行き、最終的にゴルドフィン伯爵の手に渡った馬なのだ。なので、当然、競争成績すらないアラブ馬だった。しかし、ニューマーケット近郊の牧場で種牡馬として供用され、生涯産駒は90頭ほどだったが、その中にラスという最強馬が誕生した。そのラスの全弟ケードは後にマッチェムの父親になる。マッチェムが種牡馬として猛威を振るったのは、ゴルドフィンアラビアンが死んでからのことだった。ゴルドフィンアラビアンはマッチェムの祖父にあたる。

 なので、ゴルドフィンアラビアンは死後、いろんな調査や経歴の確認を行われたが、上述したように、エリート街道ではない馬に記録はあまり残らない。なので、本当にアラブ馬だったのかも疑問が残っているぐらいだ。

 ゴルドフィンアラビアンの絵には猫がいる。終生の友グリマルキンという名の猫だ。なんだが微笑ましい。サラブレッドの三大始祖はエリート3頭ではなく、皆それぞれの経緯がある3頭なのだ。

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