競馬の聖地ニューマーケット -26話-

競走馬の足跡~世界の競馬~

 チェスター競馬場の建設とレースの実施によりイギリスにおける競馬が始まった。その頃、常設ではなかったが、各地でも競馬が開催され、ヘンリー八世の娘、エリザベス1世が1574年にクロイドンで競馬を観戦した記録がある。このころにはイギリス国内の数十か所で定期的な競馬も行われ、1595年のドンカスターの地図には2つの競馬場が載せられている。

 しかし、競馬の人気が高かったわけではない。狩猟の方が人気が高く研究され、訓練されていた。17世紀、ジェームス1世がニューマーケットを訪れた。彼も狩猟を楽しむために、この地に来ていたのだが、徐々に競馬への関心が高まっていった。そして、皇室の広大な厩舎も立てられたのだが、当初は狩猟と馬上槍試合のものだったが、競走馬も育成されるようになった。

 1622年ニューマーケットでの最初の競馬(2頭によるマッチレース)が行われた記録がある。その後、マッチレースだけでなくヒートレースも行われるようになる。ヒートレースとは3、4レースを行い勝ち馬を決めるレースである。ヒートレースは1日で行われる過酷なレースであった。

 チャールズ1世の時代には王室の競馬施設が運用されるようになる。1634年にはプレート(楯、銀杯、金杯)を争奪する競馬が開催されている。そして、現在、ダービーやオークスが開催されるエプソムでも1640年に競馬が行われた記録がある。

 今や、ニューマーケットは世界のサラブレッド生産の中心地として名を馳せ、牧場や競馬場の他にも調教場や厩舎、市場(セリ)など、近代競馬に不可欠なあらゆる施設を街に集約している。これは、ジェームズ1世の孫チャールズ2世がこの地に競馬を定着させたことが大きく影響している。チャールズ2世は自らも馬に騎乗してニューマーケットタウンズプレートを制している。この国王優勝は、現在に至るまでイギリス史上唯一の出来事である。

 ニューマーケット競馬場は日本にはない「く」の字のコースが特徴。夏場以外のシーズンで行う「ローリーマイルコース」と夏場のみ使用する「ジュライコース」、その直線の部分のみのコース「バンバリーマイルコース」の3つのコースがある。

 

(ニューマーケット競馬場)

 

 

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