サラブレッドの三大始祖 -6話-

競走馬の足跡~世界の競馬~
競走馬の足跡

 サラブレッドを語る上でどうしても、語らなければならないのが、サラブレッドの三大始祖である。
バイアリーターク、ダーレーアラビアン、ゴルドフィンアラビアンである。いずれもサラブレッドではなく、サラブレッドの始祖である。
 バイアリータークは1680年に誕生し(1705年没)、イギリスの軍馬、種牡馬である。トルコ付近生まれのアラブ種(またはターク種)で、黒鹿毛である。後世において、ヘロド(1758年-1780年)を通じて、一時代を築いた。種牡馬はその子孫の活躍により、後に偉大だったかどうかが決まる。ヘドロは勝利産駒を497頭輩出し、サラブレッドの成立に大きくな役割を負った。
 ダーレーアラビアンは、1700年に誕生し(1730没)、シリア生まれのアラブ種の鹿毛である。イギリスに渡った経緯は諸説あるが、シリアでイギリス領事をしていたトーマス・ダーレーが略奪した説が有望だ。この血統には歴史的名馬エクリプス(1764年‐1789年)がいた。エクリプスは18世紀最強馬とも呼ばれ、種牡馬としても大きく活躍した。
 ゴルドフィンアラビアンは1724年に誕生し(1753年没)、シリア付近生まれのアラブ種(現在の分析ではターク種の可能性が高い)の黒鹿毛である。孫にマッチェム(1748年-1781年)を輩出し、マッチェム系として大いに繁栄した。
 サラブレッドの三大始祖と呼ばれるこの3頭はその後の歴史の中で、繁栄と衰退を繰り返し、多くの競走馬の中にその遺伝子を残した。科学が進化し、歴史をひも解くと、多くの事が解明される。今の時代、科学が正しいとなるが、歴史が残したロマンも否定できない。そこに人が燃やした情熱までは科学で測れない。この血統についても遺伝子を調べれば、種牡馬に偏った競馬の歴史を否定せざるを得ないが、それでも、種牡馬を追いかけるロマンが競馬の中にはあることを理解してもらいたい。

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