第28回加古川フルマラソン

マラソンの感動を教えます

 年末の加古川マラソンに初参加。1ヶ月半前に、赤穂シティマランを走ったが、フルマラソンは篠山ABCマラソン以来9ヶ月ぶり。一級河川の加古川の東側河川敷の防災センター付近がスタート、会場へは初めて車ではなく、電車と送迎バスで行った。JR加古川駅に近づくほど、ランナーの人が増え、駅を降りた時には、ランナーだらけ。送迎バスに乗るのに30分ほど並んだ。でも、公共機関で行くとテンションが少しずつ上昇するのがわかる。会場に到着して、ウロチョロしていると、突然、知り合いから声をかけられた。知り合いが鍋の屋台を出していたので、走る前だったが、軽く食べた。
 今回はどう走るのか考えずに臨んだ。初フルマラソンの加古川みなもロードマラソンで、東側河川敷だけだったが走った事があった。なので、このコースの半分は経験積みであると、少し余裕を持っていた。スタート台では、大平サブローと和泉修が盛り上げていた。そういえば、大平シローはどこにいったんだろうと思いつつ、私は持ちタイムからA~EブロックのEブロックスタートエリアでスタート待ち。

 そして、スタートの号砲が鳴った。まずはゆっくりのペースで進んでいく。河川敷コースで、ひたすら北上、わずかに上りながら走る。10キロ過ぎで一つ目の折り返し。全然余裕。自然とペースが上がる。走る前は風の強さが気になっていたが、折り返すまでは全く気にならなかった。でも、、またもや、ここで落とし穴が待っていた。折り返した途端、向かい風となった。折り返しまでは追い風だった。ここから、地獄が始まった。後で知ったのだが、最大風速10m/秒。これを時速に直すと、時速36kmとなる。私が走る速さは時速10km。秒速なら3mほどになる。算数は正直だ。平均風速5m/秒だったとしても、私が走る速さより、風速が早い。前に進むはずがない状態だ。そしてこの向かい風が、24キロ地点まで続く。約14kmの強い逆風は私の体力をハイペースで消耗させた。途中、西側河川敷に渡るために、距離は短いが土手による急な登り坂、橋、下り坂がある。さらにスタミナは奪われた。
 ようやく、24kキロ地点で折り返した。これで、逆風は追い風になる。確かに、楽になった。でも、スタミナはすでに消耗している。自分と闘いながら進む。マラソンは心の競技でもある。このまま走り続けれるのか。いつか歩くなら今から歩くのもありか。などなど、いつものように頭は元気である。
【参加賞のTシャツ】

 なんやかんやで、33キロ地点まで来た。東側河川敷に渡るための土手の上り、橋、下りである。しかし、上りの直前で、足がつり始め、歩くことを決意した。とうとう、歩いてしまった。ここから、ゴールへの計算が始まる。走る歩くの始まりだ。橋を越え、土手を降りる。そう、逆風の始まりなのだ。最後、7キロは逆風である。心が音を立てて、ポキポキ、ボキボキと折れていく。本当に音がしているようだった。久しぶりに完全に戦意喪失となった。戦意喪失になると立て直しが効かない。ほとんど歩き出した。戦意喪失なので情けない気持ちすらない。とりあえず、完走歩すればいい、制限時間にも余裕があると、完全に精神的敗者である。マラソンは時間でも、走った距離でもなく、気持ちがどうあるかが大切である。どれだけ早くても、やる気がないレースは意味がないのである。私にはやる気を失ったゴールはマラソンのゴールではないのだ。
 とはいえ、ゴールを目指して歩き走る。残り200m地点では、声をかければ、地元の小学生がゴールまで一緒に走ってくれる。というイベントがある。でも私は小学生を呼ばず、一人で、猛スピード、完全にダッシュである。短距離走と同じぐらいのスピードが出た。そして、4時間49分でゴール。あろうことか、前回の篠山ABCマラソンより、8秒遅かった。4回目のフルマラソンでの始めてのタイムダウン。この結果にもがっくり。手を抜くとこういう結果が待っているものだ。と痛感した。
フィニッシャーズタオル

ゴールした時には知り合いの屋台も店じまい。振り返れば、反省しまくりのレースだった。雨のレースより、風のレースの方が大変である。雨も風も計算して走るのがマラソンである。これまた、勉強になった。4回目のフルマラソンだが、いまだに満足いくレースが出来ていない。次こそは歩かず完走を目指すぞ、と決意し、会場を去るのだった。

   

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